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戦国の世を統一した徳川家康公が
江戸に幕府を開き
徳川家15代
260年にわたる安泰で平和な世は
欧米列強による植民地政策により
大きなうねりを受け
混乱を極め
壮然たる世の中となっておりました
我らに見込みは
政権の法観より他にない
この判断こそ
新君 家康公の御遺業を継承する
唯一の道である
幕府を倒そうと
ことを図る一部の輩がおるとの噂があるが
それを恐れてではない
彼らが何万あろうとも
うつに何の苦労もあるまい
現状を続けるとなれば
政権を投げ討つ以上の改革が必要である
例えば今のような旗元
大名
すべて這いさねば何もできぬ
しかしこれは
我と我が身で
骨や五臓六腑を摘出し
切り刻むようなもので
到底できぬ
今 天下の大名は
戦国の頃のように拡挙している
幕府の命令は無視され
このまま行けば日本は
三百の国々に分裂し
戦乱にさらされ
世は乱れ
国民は休んじ得ない
徳川家が政権を返上しさえすれば
それが一つにまとまる
すべては
天下安泰のためである
このこと幸いに
朝廷のお許しをいただき
後世 古に復したといえども
それにて責任を負えたるにはあらず
諸大名と共に
一大名として
朝廷のため
万民のため
この吉信
なお一層の心血を注ぐ所存
依存はあるか
あらば言え
なければよし
されば
徳川幕府の政権を
朝廷へ返上する
徳川吉信公の生まれ育った
水戸徳川家には
大日本紙の返産に着手した
徳川光国
水戸公文様以来
言い伝えられた家訓があるそうです
もし江戸の幕府と
今日の朝廷の間に
弓矢のことがあらば
潔く弓矢を捨て
朝廷に放せよ
本能の重い厚木吉信公は
幕府の政権を放棄し
朝廷に矜準する道を選びました
1867年
慶応3年
王政復古
しかし薩摩の最後を高盛り
大久保と清一らは
徳川吉信の首を見ねば
維新の大事を成し遂げることはできない
との態度を堅持し
日本中を破壊し
将土にする覚悟でかからねばならない
戦乱の道へと舵を切ったのです
大政奉還は
徳川吉信公の意思とは異なり
日本を二分し
東軍沙漠派と
西軍勤納派の熾烈な戦い
御清戦争の幕開けとなりました
越後 高田城下に続々と集結した西軍は
そこで二手に分かれ
長岡城下を目指しました
一体五辛はこの藩をどこへ持って行こうとなさる
清三は終わりなのか
清三?
そんなものがあってたまるか
西軍に歯向かえば万世の後まで
不名誉な虐賊の扱いを受ける
主君の俗名を汚しても悔いはござらぬ
煩ずることはない 福次郎
戦はしてはならんでや
あくまで戦いは避ける
政治をもって片付ければならん
西軍は東軍最大の沙漠派
藍津藩の滅亡を目標としている
私の長岡藩は
いずれにもつかず
容赦の朝廷役になり
藍津藩を和平の内に拒じんさせ
西軍に対しても
藍津藩の申し分を聞き入れさせ
今日の混乱を正す
もし双方が聞かなければ
その時は聞かぬ側
これが藍津であれ
西軍であれ討つ
この長岡藩が
それによって
天下に何が正義であるかを知らしめる
ごくあるも
あなたはあなたのご信念を
この藩に押し付けられまするか
君臣一如
まずは主君と心を一つにする
武士とは
親命を主君に徳とたてまつり
御用に立つことが根源であろう
感心だな
これだけ気持ちよく揃えるのは
私には格別
自分が器用だとは思えませんけど
とついできて
初めて髪剃りを当てたとき
余年を持つなと教えていただきました
余年を持つなと
目と心を一つにしろ
目と心を一つにしてすっとすれば
誰にでもそれを守り
毎朝この時だけは
一年を込めて沿っております
十年一日のごとく一年を込めて
目と心を一つにして
自分のお言葉に感心していらっしゃる
おはようございます
おはよう
これは一丁前だな
諸国をずいぶんと歩いたが
こういう絵をやっているものは
正太郎殿
お前さんしかありませんよ
この絵の階層におなりなさい
はい
スイスという小さな中立国があってね
そこから来た貿易所の家に長途流していたのに
西洋人の語録から訳してみたのだが
民は国のもと
利は民の雇い
役人は民の使用人と
そういうことだ
次さほど
広く世界の知恵を持った人が中央に踊り出て
日本の行くべき方角を示さねば
この先どうにもならんのでは
私は長岡に閉じこもる
今この可愛い杉之介が天地に存在しているのは
とにもかくにも地球上から見れば
このちっぽけな越後長岡藩の
過労としての立場だからね
杉さんの立場論だな
人は皆そうであらねば
立場を離れたら
宙に浮いたような石を送ってしまう
ごもっと
私は貿易省エドワルドスネルから
西洋の劣況でも持っていない
ガッドリング機関砲も買い入れた
ガッドリング機関砲
アメリカ製のもので一度に360発
まるで水を撒くような勢いで弾が出る
これは驚きだぜ
今はその一門だけだが
おつけもう一門か二門
上海から直行でやってくる
この一門で360人に匹敵するわけだから
この小さな長岡藩の武力は
10倍から15倍に飛躍したことになる
それにしても
薩摩長州はけしからん
勝具べからざる存在を担ぎ出し
革命を起こそうとしておる
もともと関ヶ原の戦い以来
徳川家の宿敵すべて陰謀だ
しかし幕府はあてにはならん
長岡藩はすでに
自主独立の体制を整えた
藩自らが正義を唱える発言権を保持し
風雲の中に独立そう思ってる
次さん声が大きい
心配するな
わしは徳川家を否定することはできない
この河合次之助は
徳川家不代代名牧野家の家老
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