My Name Is Pauli Murray

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De første 200 linjer.

私が望むのは―

独立宣言や憲法に 書かれた通りのアメリカです

アメリカよ 宣言した通りの国家になれ!

パウリ・マレー

メガネを取ってもらえる?

伏せ

お座り 伏せ

伏せなさい

映りたがりなの

私の名はパウリ・マレー

人権が私の専門分野です

優秀だと認められるために 私は闘ってきました

この社会には 偏見が根付いています

“生まれつき 黒人は白人に劣る”

“女性は男性に劣る”と いったものです

パウリは時代の先を 行っていました

パウリの考え方や 行動は―

誰よりも 進んでいました

“黒人専用”

“黒人専用” 差別との闘いには 命の危険が伴ったけれど

差別との闘いには 命の危険が伴ったけれど

パウリは恐れなかった

どちらかしかないと 思いました

暴力的な手段に出るか

他の手段で抗議するか

作家であり弁護士 聖職者で詩人でもあった

希望は握り締めた指の 間で潰れた茎

希望は疲れ切った喉が歌う歌

“我々は勝利する”

“我々は勝利する” パウリの功績で多くの 権利が認められた

パウリの功績で多くの 権利が認められた

パウリはスゴ腕の 弁護士でフェミニスト

同時にクィアでも ありました

でも学校では パウリについて習わない

これほど重要な人物の名が なぜ知られていないのか

私の名はパウリ・マレー

1985年

1985年 大おばのパウリは 私を呼んで言った

大おばのパウリは 私を呼んで言った

“私は朝まで もたない”

“ここに書いたことを やってほしいの”

数時間後に亡くなった

パウリは私を 遺言執行者にしていた パウリの親族 カレン・ラウス・ロス

パウリの親族 カレン・ラウス・ロス

パウリの親族 カレン・ラウス・ロス それで遺品整理を 始めたの

それで遺品整理を 始めたの

家じゅうに本棚と書類の 入った引き出しがあった

大量の書類や 政府に宛てた手紙など

全てが保管されていた

ハーバード大学

ハーバード大学 パウリの遺言は―

ハーバード大学

ハーバード大学 自分の書いた文書を 保管してもらうこと

自分の書いた文書を 保管してもらうこと

女性史関連の資料が集まる シュレジンガー図書館に

パウリは多くを語らなかった

職業は聞いていたけど

具体的な功績は 一切 言ってくれなかった

パウリの文書を 初めて読んだ時―

私はとても驚いた

“1940年3月 ピーターズバーグ バス事件”

1940年

ローザ・パークスが 逮捕される15年前

バージニア州の 人種隔離法に

バージニア州の 人種隔離法に パウリの音声記録

パウリの音声記録

パウリの音声記録 立ち向かうつもりなど なかったのです

立ち向かうつもりなど なかったのです

若い頃の私には よくあることでした

何か問題に直面した時―

ただ抵抗することしか できなかったのです

友人とニューヨークから ダラムに向かっていました

伯母の家でイースターを 過ごすためです

友人の名は アデリーン・マクビーン

通称“マック”です

そのバスの中で―

母は初めて南部の 人種隔離制度に触れた

母は初めて南部の 人種隔離制度に触れた アデリーンの娘 マルゲリータ・ マクビーン

アデリーンの娘 マルゲリータ・ マクビーン

アデリーンの娘 マルゲリータ・ マクビーン ショックを受けたはずよ

ショックを受けたはずよ

南部に入った途端 黒人は後方へ移動するの

“白人専用”

“白人専用” バスこそ人種隔離制度の 象徴でした

バスこそ人種隔離制度の 象徴でした

あの狭い空間の中―

黒人は公然と侮辱されたのです

特権階級の白人たちは それを黙って見ていました

バージニア州に入り 黒人はバスの後方へ移った

そこに白人が来たの

運転手が後ろの席へ 移れと言いましたが

その席は壊れていたので 私たちは断りました

運転手は言った “席を譲るまで―”

“バスは発車しない”

警察が来て 私たちを逮捕しました

バージニア州 ピーターズバーグ 郡刑務所

空腹と寒さの中 私たちは横にもなれません

マットレスに虫が 湧いていたからです

抗議すると看守が言いました

“黙らないと地下牢行きだ”

“ネズミに食われたくなきゃ 我慢しろ”

母は現実を目の当たりにした

怖かったと思う

全米有色人種地位向上協会 NAACP に パウリは連絡しました

人種で席を分けるのは 違憲だと―

人種で席を分けるのは 違憲だと― 関連本著者 パトリシア・ ベル・スコット

関連本著者 パトリシア・ ベル・スコット

関連本著者 パトリシア・ ベル・スコット 裁判所に認めて もらおうとしたのです

裁判所に認めて もらおうとしたのです

“事件の詳細”

“治安妨害”

“バス車内の図”

マックと私は事件の 報告書を作りました

事実を記録したのです

保釈後 NAACPの 弁護士らに会いました

マーシャル氏 ランサム博士 ヘイスティ判事

公民権運動を担う 彼らが話し合う姿に―

私はすっかり魅了されました

彼らが求めたのは―

彼らが求めたのは― ラトガーズ大学 教授 ブリトニー・クーパー

ラトガーズ大学 教授 ブリトニー・クーパー

ラトガーズ大学 教授 ブリトニー・クーパー 黒人が自由に 暮らせる権利だった

黒人が自由に 暮らせる権利だった

当時 公民権運動は 国民の関心事だった

ピーターズバーグ ハスティングズ 裁判所

ピーターズバーグ ハスティングズ 裁判所 そこで 判事は問題を避けた

起訴理由に 人種隔離法を持ち出さず

単なる“治安妨害”だと言った

“車内禁煙” “黒人は後部座席へ”

“車内禁煙” “黒人は後部座席へ” 2人は人種隔離法と 闘う機会を失い―

罰金を払うと解放された

裁判は惨めな敗北に 終わりましたが―

私たちの闘いは続くのだと 感じました

最終目標は人種隔離法の 撤廃なのです

私は身震いしました

ラトガーズ大学

今日は皆さんと―

パウリ・マレー博士について 学びます

パウリは並外れた人で その偉大さは計り知れない

何十年も前 1人の黒人が主張したの

“私の人間性は 尊重されるべきだ”と

黒人というだけで 疎まれる時代にね

パウリの人生について 少しでも知ってほしい

自伝の原稿より

第1章 1ページ

私が生まれた1910年の 社会学の論文で―

コロンビア大のオダーム博士は こう述べました

“人種によって―”

“持っている能力や 可能性は異なる”

“黒人を助けたいと 思うなら―”

“彼らに 期待しすぎないことだ”

博士は知りません

美徳や名誉 人格や誠実さの意味を

“黒人の子供にとって 最良の教育とは―”

“違いを受け入れさせること”

“自分が白人とは 異なる人種であり―”

“そこに疑問を抱く 余地はないと”

“そこに疑問を抱く 余地はないと” ハワード・オダーム博士

ハワード・オダーム博士

私が通っていた学校は― “通学バス”

“通学バス”

“通学バス” 今にも崩れそうな 古い校舎でした

今にも崩れそうな 古い校舎でした

ブランコはありません

遊具は一切ないのです

白人の学校では―

柵で囲まれた庭の芝生に 生徒が座っていました

白人の子供たちが 受ける扱いはいつも―

私たちとは違いました

その差を常に感じるのです

祖先は誇り高い人たちで―

世間に迎合しませんでした

ここが パウリの育った家 関連本著者 パトリシア・ ベル・スコット

関連本著者 パトリシア・ ベル・スコット

この家に来た時 彼女は3歳

この家に来た時 彼女は3歳 ノースカロライナ州 ダラム

ノースカロライナ州 ダラム

ノースカロライナ州 ダラム ここへ来たのには 悲しい事情が

ここへ来たのには 悲しい事情が

母親が脳出血で亡くなった後 父親が精神科へ送られたの

ボルティモア生まれだけど ここで育った

私がダラムに来た時 家には伯母が2人と―

母方の祖父母がいた

祖父母はダラムの黒人の間で 一目置かれる存在だった

祖先にはチェロキー族や―

アイルランド系 アフリカ系がいたの

親族には白人のように 肌の色が薄い者もいて―

彼らは白人として生きた

パウリの肌の色は中間色

肌の色のせいで 差別を受けていた

白人と黒人 どちらからもね

家族の結束が強かった

パウリは家族の希望だったの

子供のいない伯母の ポーリーンはパウリを 溺愛 できあい した

私が4歳になる頃 教師だったポーリーンは―

私を学校に連れていくことに

私はみんなの朗読を ひたすら聞いていました

ある時 私は伯母に言ったのです

“私も読めるわ”

私は隣の子から本を奪い 朗読を始めました

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