The first 200 lines.
16世紀初頭
ヨーロッパにおける マルチン・ルーテルの
ローマ・カソリック教会に 向けられた非難は
宗教とそれに関わる聖職者に 大きな衝撃を与えた
プロテスタントの分立は
明らかに カソリックを信奉する者にとって
重大な宗教的な危機を 意味したのである
1534年 スペインで
イグナチオ・デ・ロヨラによって 設立されたイエズス会は
このカソリシズムの危機感を 反映するものであり
同会の教会の権威の回復と 布教の情熱は
必然的に ヨーロッパの外に 向けられることになった
1549年 鉄砲の伝来と ほぼ同じくして
イエズス会士 フランシス・ザビエルは
日本の九州の南端に その足を踏み入れた
それから30年後には 天主堂が200あまり
神父75人 信者は30万人を数えるに至った
日本の支配者たちは
宗教が鉄砲という威力に満ちた文明を 伴って渡来したことに
大きな危惧を抱いたことは 想像されるとしても
布教の早さ 広がりの大きさは 彼らの権力を脅かすに十分であった
弾圧が起こった
16世紀の終わりから 17世紀の半ばまでの数十年は
キリシタン 日本の切支丹にとって 最もつらい試練の時期となった
おびただしい数の パードレ イルマン 信者が
殺され あるいは行方不明となった
クリストヴァン・フェレイラ神父も その一人である
パードレ
マカオで話された約束を 思い出してくだされ
日本に着いた日 約束の代金のほかにも 金を出すと
そげん申されました
前からお前に 聞きたいことがあった
お前はもしや 私たちと同じ基督を 信じていたのではないですか
キチジロー あなたは本当に日本人ですか
そうですとも わしは もちろん日本人ですとも
もし お役人が来たら わしはパードレたちとは関わり合いがないと
そう申してくだされ わしは 嫌じゃ
分かってます
きっと頼みますぞ じゃけん 行ってきます
戻ってこない
戻ってこない
あいつは どこかに 行ってしまった
きっと戻ってこない 来るのは お役人なんだ
私たちを密告するんだ
落ち着きなさい ガルペ 日本に来てしまったんだ
斯くてユダは此処にきたる
兵隊とパリサイ人等より 下役どもを受けて
炬火
武器を携えて
イエス 己に臨まんとすることを すべて知り
進みいでて彼らに言いたもう 「誰を尋ぬるか」
パードレ パードレ
パードレ
わしら パードレと 同じ心でございます
さあ 早う 着替えてつかさい
ゼンチョたちに見られっと いかんですもん
さあ 早う!
イチゾウ 気付かれてはいまいな
大丈夫じゃ 早く
パードレ
さあ
モキチ 戸を閉めるんだ
さあ…
今夜 ここで休んでくだされ
明日 夜が明けぬ前に この部落の裏山に案内しますよって
どうぞ
ここなら当分 安全ですたい
滅多に人は来ませんゆえ
パードレは 一人も いないのですか
修道士も?
もう何年も パードレも修道士も来られません
どこに おられるかも 分かりません
わしらが切支丹と分かれば 部落中 殺されます
それゆえ 自分の村衆だけ信じとります
ほかの村衆に こげんこと知られれば 代官様に訴えられます
で 洗礼は? 祈りは?
子供たちに 教えを伝えるのは?
わしらで やっとります
分からんなりに わしらで役目をそれぞれ作って
洗礼も祈りも やっとります
もう何年も隠れて
分からぬように やっとります
パードレも修道士も
わしらを捨てて 遠い国ば 行かれましたゆえ
あの音は?
雨が降ってきよった
日本は これから 雨期に入りますよってに
長あく長あく 降り続きまする
参ろうやなあ 参ろうやなあ
パライゾの寺にぞ 参ろうやなあ
パライゾの寺とは 申するやなあ
広いな寺とは申するやなあ
広いな 狭いは 我が胸に あるぞやなあ
しばた山 しばた…
みなに聞きたいことがあります
この中でクリストヴァン・フェレイラと 申すパードレの
消息を知っておる人はないか
フェレイラ神父は二十年前 この日本に来て
それから この地方を布教された人です
都にも行った 江戸という町にも行った
私たちの知ってるのは
その彼が五年前に 捕らえられたということです
その後のことが つかめません
みなの中で何か それについて 聞いた人はいないか
ポルトガルという国で 私とガルペは
まだ小さかった時から
そのパードレから 主のことを教わりました
大きくくなって日本に行き
主の教えを伝えようと 思うようになったのは
そのパードレ フェレイラのおかげです
だから私たちは 彼のことを知りたい
生きておられるか
それとも 立派に 主のために命を捨てられて
パライソに行かれたかを 知りたい
あなたは何か知りませんか
あなたは?
六月になると この国は雨期に入る
雨は ひと月あまりも 絶えまなく降り続く
雨期に入れば 警吏たちの探索もゆるむから
その期間を利用して
私はこの周りを歩き
隠れている切支丹たちを 探すつもりだ
この村の漁師たちは 漁をするほか
三ヘクタールも満たぬ畑で
麦を辛うじて栽培している
海に面した中腹まで 耕した田を見れば
その勤勉さに
感心するよりも
悲惨な生活の苦しさが
どんと伝わってくる
それなのに
長崎の奉行所は 彼らに過酷な税を課してきた
本当に長い間
百姓たちは
牛馬のように働き
牛馬のように死んでいった
その夜 日本に来てから 初めて洗礼を行った
リスボンのワインが恋しいな
温かいパンと 脂のよく出たスープで
食事がしたいな
何を考えている
フェレイラ神父のことだ
この村の信徒たちは 何か隠しているようだ
私は彼らが本当に 何も知らぬと思うが
仮に長崎まで行けば
フェレイラ神父を 知っている者がいそうだが
それは よしなさい つかまったら最後だ
我々をかくまっている村にも 危険が及ぶ
我々は この国で
布教の最後の踏石であることを 忘れるな
キチジローに頼もうか
馬鹿な あの男は… 信頼できない
あいつの眼をどう思う
酒飲みで汚い あいつを
いつかフェレイラ師のように つかまるだろうか
私には この虱(しらみ)のほうに 関心があるね
誰かが見ている
おーい
おーい
あ 丘を下りて こっちに来る
いや そうじゃない 彼らは戻っていく
だから言わんことでは なかとです
わしらの目を盗んで 外に出ては いかんとです
もう そんなに怒らんでください
私たちは ちょっと太陽に 体を温めたかっただけなんですから
これからは どんなことがあっても 決して ここから外へ出てはいかんとです
怪しいことがあったら すぐ この穴に隠れるんです
部落の者でない
開けてくれんですか わしら怪しがもんじゃ なかった
わしら 沖の生月島(いきつきしま)の漁師で 長い間パードレに会(お)うとらんのです
よせ!
どうしても戸を開けるぞ
パードレ 信じてくれんとでしょうか
この前から この山におったとです
五日前に あの山に隠れて こっちば見よったとです
パードレがトモギの村におられると 聞いて 来たとです
誰にだ
ばってん わしらの在の者で 切支丹のキチジローが申したとです
キチジロー?
はい パードレ
しかし キチジローは 信徒ではないはずだが
うんにゃ キチジローは 切支丹にてござります
八年前 あの一家に恨みを 持った者に 密告されて
キチジローの兄も妹も
主の顔を描いた絵を 足で踏むように言われました
絵踏みか?
じゃけんど 兄と妹は断ったとです
キチジローはお役人に ちょっと おどかされただけで
もう教えを捨てると わめきだして
兄 妹は すぐに牢(ろう)に入れられ
その翌日 火あぶりになって死に申した
キチジローの姿は それっきり 誰も見ることはなかったとです
で そのキチジローが また現れたというのですか
私たちのことを 話したのですか
今は もう
自分がパードレを日本に連れてきたと 自慢しちょります
うちの村も それで村八分ば 解き申した
わしらは もうミサも 告悔(コンヒサン)も受けちょりません
みんなは ただ オラショだけ唱えとるとでございます
早う 村に来てつかわさい パードレ
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