The first 200 lines.
ごめん下さい
ごめん下さいまし
何か?
富岡さん いらっしゃいますか?
はあ ちょっとお待ち下さい
あのう… どちらさんでしょうか?
農林省の者ですけど
はあ
使いに… あのう 参りましたんですけど
ああ お使いに… あっ そうですか
元気だね
仏印のことを思うと 内地は寒いだろう
電報 着いて? うん
なぜ 返事下さらないの?
どうせ 東京へ出てくると思った
役所は お辞めになってんのね
帰って すぐ辞めた
どうしたの?
官吏なんか つくづく嫌だから…
何をしてらっしゃるの 今…
木材のほうを ちょっと業者とね
あの 先に出ていらした方 お母様?
うん
似てらっしゃるわね
君 どこにいるの?
鷺宮の親戚の家
行ったら 疎開から まだ帰ってないの
荷物が来てるだけで…
留守に入ってる人がいたけど
このマフラー 荷物 開けて借りちゃった
全然 冬の支度してないんですもん
どこに行く?
着替えてくるが 待ってるか?
ああ お帰り ただいま
ご苦労さま
幸田さん こっち いらっしゃい
はあ
日本からは道中が長いんで 疲れたでしょう
ええ
あっ 富岡君
サイゴンで 君 幸田さんと会わなかったかね
一緒の宿舎だったんだよ
今度 タイピストで ここへね
君 初めてか? ええ
そうかい
こちらはね やっぱり本省から来た 富岡兼吾君
三月前に ボルネオから転任してきたんだ
幸田ゆき子です
はあ
内地はどうです? 段々 住みづらくなってるそうですが
はあ
ここにいれば 極楽みたいなもんですよ
軍の目的は ともかく―
我々は自分の職分に従って 森林を守ってればいいんだから
ハハハハハッ…
明日 パスツールの規那園栽培試験場へ 行ってきたいと思います
うん
一度 これに 目を通しておいて下さいませんか
はい
変わった方ですのね
風変わりだが なかなか 情の深い男でね あれで
三日に一度は きちんと 細君に手紙を書いたり―
ミッチェルの口紅なんかを 送ったりしてね ハハハハハッ
責任感の強い男で
一旦 引き受けたら 仕事は間違いない男ですよ
内地も変わったわねえ
こんなに変わってるとは 思わなかったわ
敗戦だもの
変わらないのが どうかしてるさ
はるばる引き揚げてきて…
君だけじゃないよ 引き揚げ者は
男はいいわ
のんきだよ 女は
幸田君は千葉かい?
あら 千葉じゃないわ
へえ そうかなあ
千葉型だと思ったんだがねえ
じゃ どこ?
東京ですわ
東京? ウソをつけ
東京生まれには 幸田君のようなのはないよ
あれば 葛飾 四つ木辺りかな?
まあ ひどい方ねえ
富岡さんは無類の毒舌家なんだから 気にかけないでらっしゃい
この人の病なんですよ
そうかなあ 東京かなあ
江戸っ子にしちゃ なまりがあるよ
いくつ?
いくつでもいいわ
24~5かな
あら… 私 22なんですよ
本当にひどい方ねえ 富岡さんって…
そうか 22ね フ~ン…
いや 女の人が24~5に見えるってのは 利口だっていうことなんだぜ
若く見てもらいたいなんていうのは 愚かなことだ
おい コアントロー
はるばると仏印のダラットまで 進駐してきた幸田女史のために―
乾杯しようじゃないか
気にして行っちゃったじゃないか
取り澄ました女じゃないか
若い女が こんな所まで 来るのは嫌だね
僕は ダラットが ちょっと よくなってきた
幸田ゆき子は 君には似合わないよ
僕は戦地へ来て 女の肌を 知ることはできないんでね
香木の研究を始めてるんだがね 伽羅の木…
なかなか粋なもんでしょう
私… 今日の仕事 何をすればいいんでしょうか
所長は 何か言いつけて いかなかったの?
いいえ 何もおっしゃいませんわ
加野君は?
まだ 休んでいらっしゃるようです
あのぅ… 何をしたらいいんでしょう?
この先に安南王の 墓があるんですがね
見物でもしたらどうです?
ゆうべは怒ったんだって?
何をですの?
僕を とても怒ってたって 加野君が そう言ってた
ウフッ
こんな遠い所へ 一人で よく 内地から来る気になったもんだな
疲れたでしょう
ええ
僕は森の中なら 半日で12キロは平気だ
歩くと夜も よく眠れるし
私 ゆうべは何だか…
寝られなかった?
加野さんて気味が悪いわ
なぜ? 荒れてるせいかな
ゆうべ ひどくお酒に酔って
いらしたんですのよ
怖いわ…
思い出すわ 色んなこと…
チャンボウの保存林を 視察に行く時ー
牧田所長と
内地から来た何とかいう少佐と
あなたと…
自動車に乗る時 急に あなたが
“幸田さんも行きませんか?”って 声をかけて下すって
4人で安南のホテルに泊まって
ランプで ご飯を食べて
みんな お酒を飲んで 酔って眠ったでしょう?
あの頃は みんな よく お酒を飲んだわね
あの晩 あなたは 一番外れのお部屋だったわ
私 覚えておいて
夜中に はだしで 初めて行ったわね
鍵が かけてなかったわ
あの時が私とあなたの…
私は どうしたらいいのか 自分でも分からなくなってんのよ
どうかしちゃって
どうにでもしてしまって
いつまでも 昔のことを考えたって 仕方がないだろう
昔のことが あなたと私には 重大なんだわ
それを無くしたら あなたも私も どこにもないじゃないですか
あなたの奥さん 見なければよかった
私の頭のてっぺんから つま先まで ジロジロ見てたけど
どうして 前歯に金歯なんか はめてんの?
私を見て とっても嫌な笑い方してたわ
私より ずっと年上の方ね
いやに絡むね
これのあるうちに働く所を どこでも見つけなさい
部屋は また何とか探すから
イヤ! いらないわ
逃げてくの?
捨てるつもりなのね
私 あなたに会いたい一心で 戻ってきたのに
君に気の毒だと思うからだよ
ね… 正直に言えば 僕たちは あの頃 夢を見ていたのさ
こんなこと言うと 君は怒るだろうが
日本へ戻って まるっきり違う世界を見ると
家の者たちを これ以上 苦しめるのは
酷だと思ったんだ
とにかく戦時中をだなあ
耐えとおして 僕を待っていてくれた者に
ひどい別れ方は できなくなってしまったんだよ
別れるより仕方がないよ
イヤよ!
それじゃ あなたたちさえよければ 私のことは どうなってもいいの?
そんな簡単なもんなの?
君は疲れてるんだ
自分のことを よく考えてごらん
初めっから 家や奥さんが大事だったら 真面目に通したらいいのよ
別に奥さんを追い出したいなんて 思わないけど
“君が帰るまでには きちんと解決して 奥さんとも別れてー”
“さっぱりして君を迎える”なんて…
そんなら 玄関で会った時ー
奥さんたちの前で はっきり宣言したらいいのよ
“日雇い人夫をしてでも 二人で生きよう”だなんて…
帰ってみれば 虫ケラのように たたき捨てられるのねっ
勝手なもんだわ
何を泣いてるんだ
あなた 仏印から お帰りになってから
随分 お変わりになったわ
僕はねぇ 仕事のことで あくせくしてるんだから
業者のほうは ラチがあかないし
この家 売っても 自分で 5~60万の資金 作らなきゃ
どんどん値上がりで 信州の材木の 予約もできやしないんだ
それで よそ お泊まりになるんですか?
君の ご機嫌までは とっていられないよ
何か言うと すぐ怒りっぽくなって…
君が つまらん疑い 持つからだよ
あなた この頃…
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