The first 164 lines.
ゴー!
レディー ゴー!
1861年 アメリカ合衆国で 南北戦争が勃発。
それは 最新兵器を駆使した 近代戦の幕開けであり➡
国を二分した戦いの戦死者は 62万人にも上った。
よし!
内戦は深い傷を残した。 しかし そこから立ち上がり➡
苦しみの先に 未来を見つめた人々が➡
やがて 新しい国づくりに向けて 歩きだしていく。
南北戦争で使われた兵器は➡
海を渡って 日本に もたらされ➡
黒船の来港から始まる 幕末の歴史を➡
大きく動かしていく事になる。
大手門は目の前じゃき。
ひるまんと進め!
撃て!
殿は ご無事か? 殿は?➡
殿は ご無事か? 殿~!➡
殿は? 殿は ご無事か? 殿は?➡
殿は ご無事か? 殿…。
容保様…。
よぐ ご無事で…。
撃て~!
撃て!
命中。 薩摩の大将 しとめたぞ!
よ~ぐ狙って 撃ちなんしょ。 はい!
お城は渡さぬ。
ならぬことは ならぬのです。
夏。
えい えい えい!
物語は 会津戦争から 17年前に遡る。
会津松平家23万石は 葵の御紋を 許された徳川家の御家門である。
八重! 八重!
あっ お吉。 八重は どこさ行った?
いねえのがし? さっき 晴れ着をお着せしたげんじょ。
お嬢様なら 物見さ 行ったがらし。
物見? へえ。
なあ おっかなぐね? なあ! 八重さん!
あっ! 八重さん!
お行列が来た!
気ぃ付けで。
時尾さん 早ぐ みんなに知らせんべ!
なあ 待ってくなんしょ!
姉様は? おっつけ戻る。 よし!
お吉や! お吉! へ~い!
そろそろ いづもの備えを。 へい。
おっ母様! あ~ 来た!
若殿様のお行列が もうそこまで。 お迎えに参りやしょう。
ああ。 ぐるっと回ってみっせ。
ほら! やっぱり。 まだ カギザキさ こさえで。 お吉。
へい。
若殿様の初めてのお国入りだ。 遅れてはなんねえ。
はい!
あれ? 三郎様。 こっちだわね。
どっごも けがしてねえが? さすけねえが?
頭上げては なんねえ。 はい。
あっ 兄つぁまだ。 これ!
≪立派な殿様だな。
馬の脚しか 見えねえ。
父上 ご検分を。 うむ。
命中。 見事だ。
たまげだ~。
これは いい銃で ごぜえやすぞ。
もう一発 撃ってみろ。 はい。
八重! 豆もいでくんのに いつまで かかってる?
あれ…。
これ…。
美しいお行列でやしたなし。 うむ。
まるで 芝居で見る 義経公のような男ぶりで。
母上 芝居なんぞ ご覧になんのですか?
うん。 小さい頃は ここらにも 旅芝居の役者が回ってきたなし。
これ! 若殿を役者に 例えるやづがあっか。
すまねえなし。 美濃高須家より ご養子に入られて5年➡
若殿は 誠に ご立派になられた。 はい。
兄つぁま。 あれは何つうんです? 何だ?
さっき撃っていた鉄砲。
ゲベールだ。 ゲベール?
ゲベール! これ!
オランダの銃だ。 なんとか 1丁 手に入れてきた。
お~! 火縄銃より 弾の力が強えな。
的が砕けずに きれいに穴だけ開いてた。
銃も優れておりやすが 腕もありやす。
フフフ こいづ うぬぼれを言いよるわ。
あれは 高島流の銃です。 徳丸ヶ原で調練したというやつか。
お父っつぁま! うむ?
私も 兄つぁまみてえに 鉄砲さ 撃ってみてえ。
あれ この子は また とてつもねえ事 言いだして。
おめえが鉄砲撃って なじょする?➡
おなごは 薙刀さ やるもんだ。 俺も薙刀やりてえ!
おめえは 鉄砲さ やらねば駄目だ。 はい。
だげんじょ 鉄砲は強えんだべ? ああ 強えぞ。
飛び道具と悪く言う者も おるけんじょな➡
そったら人は 何も分がってねえんだ。
一番強え? んだから➡
砲術指南さ勤める我が家は 小禄なれども➡
お城の近くに 屋敷さ賜ってる。
なら やっぱし 鉄砲がいい。 私 強くなりたいもの!
鉄砲は大きくて重てえぞ。 おなごには とても扱えねえ。
八重は 大きく なりやす。 力持ちに なりやす。
駄目だ。 ならぬことは ならぬ。 お代わり。
高木様のおばあ様が 目さ 患って。
それは不自由だべしな。
火打ち金の長さは?
2寸にごぜえやす。
当たり金は?
1寸6分5厘に ごぜえやす。
火蓋は?
1寸1分に ごぜえやす。
江戸表の大殿様には 若殿に 国元の政務を➡
よぐ学んで頂くようにとの おぼし召しでござる。➡
一同 万事 差し控える事なぐ お教え申すように。
諸事よきように はからえ。
ははっ!
これより 御家訓の読み上げを 執り行いまする。
御免!
「土津公御家訓」。
将軍家に忠義を尽くす事を 第一とせよ。
他の藩の行動に ならっては ならない。
「御家訓」とは 藩祖 保科正之が定めた➡
会津藩の絶対的な国是であった。
「子曰く 君子 重からざれば➡
即ち 威あらず 学べば 即ち 固ならず。➡
忠信を主とし 己に如かざる者を」。
藩士の子弟は 10歳で日新館に入学。
学問と武芸の鍛錬に励んだ。
やっ!
やっ! えい!
やっ!
やっ! えい!
参りました。
えい!
勝負は決しているものを…。 えい!
これは 措き槍と申しまして➡
会津ならではの 稽古の作法にござりまする。
荒稽古を乗り越えて 強え武士に ならねば➡
将軍家をお守りする事は できませぬゆえ。
我らの藩祖 保科正之公は➡
死して 土津霊神という 神になられたのじゃ。➡
我が会津松平家は➡
徳川将軍家に忠義を尽くすを 御家訓の第一義となす。
たとえ どのような事が 起ころうとも➡
将軍家を守護し奉る。
そなたの一生も この御家訓に 沿うて 生きるのじゃ。
決して 背くまいぞ。
はい。
や~!
子どもらは 6歳で「遊びの什」に入り➡
まず 掟を学びまする。
「什の掟」か…。
「ならぬことは ならぬものです」。
日々 共に遊んで 什の仲間は 生涯 絆が強えごぜえます。
のう? 頼母殿。 はい。
それがしも 幼き頃は 仲間と共に 竹馬合戦や 石合戦➡
冬は 雪合戦や凧合戦。
合戦ばかりじゃのう。 これは したり。
親は子に 喧嘩をするなとは申しませぬ。➡
そのかわり 逃げ隠れすっと いや~ いっぺえ叱られます。
「卑怯な振る舞いを してはならぬ」か。
御意!
童の遊びも 鍛錬のうちに ござりますれば。
三郎! はい!
八重さん 待ってくなんしょ。
容保公のお国入りから 2か月が過ぎた頃。
進め! 八重さん 勇ましい。
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