The first 200 lines.
NETFLIX オリジナルドキュメンタリー
映画館でみんな笑ってるのに
1人だけ笑えない時が あるでしょ
あなた以外はみんな嫌い
トランスジェンダーが 活躍する世界なんて―
トランスジェンダーが 活躍する世界なんて― 外国語映画賞 「ナチュラルウーマン」
外国語映画賞 「ナチュラルウーマン」
想像もしなかった
この機会に感謝します
メディアが ひどい質問をしなくなり…
ペニスはどこ?
尊重してくれるなんて
“その他”になりたくなくて 黙っていたそうですね
やっとここまで来た
政界にもメディアにも 私たちは居る
あらゆる場所に
その姿が人々に及ぼす影響は
計り知れない
トランスの人々が 自身の物語を語り始めている
でもトランスの可視化が 進む一方で…
その意気よ!
大勢のトランスが 殺害されている
僕たちの認知度が 世間で高まるにつれ―
攻撃もされる
ポジティブなイメージは 私たちを強くすると同時に
危険も招いてしまう
女子トイレに入ると それは犯罪で
男子トイレに入れば 男だとバレる
当事者もみんな 同じなわけではない
きっと この変化に ついていけない人もいる
トランスの問題が 文化戦争の中心になったのは
なぜなのか?
人の恐怖心を利用した結果が 現在の状況だと思う
希望がある一方で恐れている
長い間 スクリーンの中の トランスジェンダーの姿は
非現実的な印象を与えてきた
私たちは精神を病んでいて
現実には存在しないのだと
でも ここに居る
ずっと ここに居た
いくわよ
1971年 「フリップ」
アラバマで育った私にとって
トランスジェンダーとの 出会いはテレビ番組だった
そのキャラクターが 自認しているかはともかく
女優 ラヴァーン・コックス
私自身を考える きっかけになった
私自身を考える きっかけになった
世間の考え方にも 影響を与えたはず
ジェラルディンは そんなキャラクターの1人
家族みんなで よく見てた
母はジェラルディンを見て 大笑い
面白おかしい存在だった
トランスジェンダーや 〝性転換 〞の話が出ると
トランスジェンダーや 〝性転換 〞の話が出ると 1977年 「ソープ」
1977年 「ソープ」
1977年 「ソープ」 性転換手術!
性転換手術!
性転換…
そうだ
座らせて
私は興味津々で
そっと前のめりになった
1975年 「ザ・ ジェファーソンズ」
こらっ!
初めて見た トランスのキャラクターは
「ザ・ジェファーソンズ」の イーディだった
エディだよ 今はイーディ
何だって?
よく見てごらん
上品で美しい黒人女性だった
でも もう1人 キャラクターが出てきた
こちらは明らかに 男性だと分かる人物
そんな笑いの対象になる姿は
学校でのいじめを 思い出させた
何あれ?
“私は違う”と思った
教会に通ってたし
成績も良くて才能もあった
タップとジャズダンスを 自分で振り付けした
マジでね
成功する未来を 母も私も願っていた
でもテレビをつけると…
でもテレビをつけると… 1959年 「ザ・ルーシー・デジ・ コメディ・アワー」
1959年 「ザ・ルーシー・デジ・ コメディ・アワー」
1959年 「ザ・ルーシー・デジ・ コメディ・アワー」 テレビのキャラクターと 私には
テレビのキャラクターと 私には
何の共通点もなかった
トランスジェンダーの 自分が嫌になった
失礼
女優/ライター ビアンカ・リー
女優/ライター ビアンカ・リー
トランスの人は―
トランスの人は―
他人に敏感だから すぐ分かる
一緒に笑っているのか…
1997年 「真夜中のサバナ」
1997年 「真夜中のサバナ」 電話帳には F・デヴューと載ってた
電話帳には F・デヴューと載ってた
“フランク”のFよ それが私
笑われているのか
2011年 「ママと恋に 落ちるまで」
2011年 「ママと恋に 落ちるまで」 男子トイレだよ
2011年 「ママと恋に 落ちるまで」
2011年 「ママと恋に 落ちるまで」 知ってる
2011年 「ママと恋に 落ちるまで」
2011年 「ママと恋に 落ちるまで」 俺は男だ
俺は男だ
トランスネタ?
1983年 「卒業白書」
1983年 「卒業白書」 私はジャッキーよ
1983年 「卒業白書」
1983年 「卒業白書」 ユーモアのセンスは 私たちにもある
ユーモアのセンスは 私たちにもある
ユーモアのセンスは 私たちにもある 1975年 「バーニー・ミラー」
1975年 「バーニー・ミラー」
1975年 「バーニー・ミラー」 逮捕の理由は?
逮捕の理由は?
分類外の軽罪だって言ったろ
でもネタにされるのは嫌
1949年 「僕は戦争花嫁」
1949年 「僕は戦争花嫁」 待って 忘れてた
待って 忘れてた
声も変えて
こんな風に?
もっと上手くやって
無理だ
トランスジェンダーの人は皆
トランスジェンダーの人は皆
女優/ライター ジェン・リチャーズ
女優/ライター ジェン・リチャーズ
女優/ライター ジェン・リチャーズ
過去に目にした イメージを引きずってる
過去に目にした イメージを引きずってる
1990年 「ツイン・ピークス」
1990年 「ツイン・ピークス」 クーパー
1990年 「ツイン・ピークス」
デニス?
1970年 「小さな巨人」
1970年 「小さな巨人」 私があなたの妻になる
私があなたの妻になる
1947年 「ボーイ! ホワット・ア・ガール」
1947年 「ボーイ! ホワット・ア・ガール」 私たちに必要なのは
1947年 「ボーイ! ホワット・ア・ガール」
1947年 「ボーイ! ホワット・ア・ガール」 もっと幅広い キャラクター表現
もっと幅広い キャラクター表現
もっと幅広い キャラクター表現 1925年 「ザ・シー・スクアーク」
1925年 「ザ・シー・スクアーク」
共感できる人物像 1914年 「男か女か」
1904年 「ミート・ミー・アット・ ザ・ファウンテン」
1904年 「ミート・ミー・アット・ ザ・ファウンテン」 映画史初期の作品には
映画史初期の作品には
女優 ラヴァーン・コックス
女優 ラヴァーン・コックス 異性装の人々が 多く登場する
異性装の人々が 多く登場する
異性装の人々が 多く登場する 1901年
1901年
「オールド・メイド・ ハビング・ハー・ ピクチャー・テイクン」
その人物の女らしさが 物笑いの種になっている
当時は異性装が 違法の時代だった
一般的な性役割に 反する行動をする人は
逮捕されていた
“男の服を着ていた少女 12.45ドルの罰金”
“女装の男を逮捕”
アメリカ映画史の初期から
女優/教育者 アレクサンドラ・ ビリングス
女優/教育者 アレクサンドラ・ ビリングス
私たちは ずっと存在していた
女優/教育者 アレクサンドラ・ ビリングス
女優/教育者 アレクサンドラ・ ビリングス
ひっそりとね
ひっそりとね
1914年 「ベッスリアの女王」 監督 D・W・グリフィス
1914年 「ベッスリアの女王」 監督 D・W・グリフィス この映画は モンタージュの技法を
この映画は モンタージュの技法を
歴史家 スーザン・ストライカー
歴史家 スーザン・ストライカー 生んだとされる 作品の1つ
監督はD・W・グリフィス
ベッスリアの ジュディスという―
ユダヤ人女性の物語よ
軍隊の侵略が始まる
ジュディスは一策を講じ
めかけに扮して将軍に近づく
テントに入り込んだ彼女は
将軍の首を切り落とす
一説によると この映画で初めて―
物語の技法として カットバックが用いられた
この作品には 性別不明な人物が出てくる
この人物が登場すると カットが替わる
カットされた体を 暗示するようにね
去勢された この人物が
この作品で発明された技法の 象徴となっている
まるで トランスジェンダーと映画が
まるで トランスジェンダーと映画が
歴史家 スーザン・ストライカー
歴史家 スーザン・ストライカー
歴史家 スーザン・ストライカー
共に歴史を 歩んできたようにね
共に歴史を 歩んできたようにね
これは偶然ではない
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