The first 200 lines.
NETFLIX オリジナルドキュメンタリー
〈親愛なるキューバ国民へ〉
〈痛恨の極みであるが 報告せねばならない〉
〈我らが最高司令官 フィデル・カストロの死を〉
〈人がいないね〉
〈ほとんど人通りがない〉
〈ほら マレコン通りが 空っぽだ〉
〈喪に服してる〉
〈偉大なるフィデル 永遠の司令官!〉
フィデルの追悼式だ
〈私はフィデル!〉
〈私はフィデル!〉
フィデルのいない キューバを―
国民も 僕も知らない
〈今 どんな思いを?〉
〈フィデルは史上最高よ〉
〈一生 私たちの 心の中にいるわ〉
〈いつまでも国民とともに〉
携帯電話もない時代だった
初めてここへ来た時―
僕は20代前半
以来 50年間 何度も訪れ―
人々と親しみ 生のキューバを伝えてきた
フィデルに捧げる1発だ!
これが出だし?
70年代初め 我々はニューヨークで―
出回り始めた ビデオカメラを試していた
まずは街の社会問題を取材
契約書を締結しなきゃ 働かないぞ!
適正賃金を求める タクシーの運転手
今の契約は?
最低だ
その理由は?
ボスが全部 かっさらう
俺を撮るな
撮るなと…
カメラでぶん殴るぞ
内規では4分間よ
あなたは 4分間 与える義務がある
怒れる保護者への 教育委員会の対応
改革を志して撮っていた
劣悪な住宅事情
建物の状態を見て
人が住めない理由が分かるわ
ここは裏側
こんな所に 住まなきゃならないなんて
病気になるわ
チャイナタウンの搾取工場
不当よ このズボンの賃金は 12セントだったのに―
町では13ドルで売られてたの
コネクターが要る 別の心電計を
予算削減が病院にもたらす 危険も暴き出した
そのコネクターを これはダメだ
諦めよう
その頃 キューバでは―
革命が進行していた
我々が求める 社会改革を―
フィデル・カストロが 実行している
医療の無償化
普遍教育
そして万民に住宅を
〈この国は闘っている〉
〈この国の労働者が 米国の富裕層のために―〉
〈働く義理は 全くないからだ〉
〈帝国主義者は我々が 社会主義革命を―〉
〈米国の鼻先で 行ったことが許せない〉
この革命は キューバ国民に― フロリダ州マイアミ
経済的搾取の終了を約束し
彼らは警察国家を受け入れた
私が保証しよう
キューバは いずれ解放される
米国は軍事行動と 経済封鎖で―
キューバの 孤立化と弱体化を図った
1972年までに 数十万のキューバ人が亡命
キューバの現状は?
“日々 悪化してます”と
賛否両論が渦巻く革命を 自分で確かめたくなった
この帆船に乗せてもらい―
カメラを持ってキューバへ
最初の友人はボレゴ家
ハバナ郊外の小規模農家だ
〈クリストバルは何歳?〉
〈64歳だよ〉
〈この人たちは?〉
〈兄のアンヘル〉
〈弟のグレゴリオ〉
〈リロは妹さん?〉
〈ええ〉
〈昔から農民で〉
〈ずっと 自給自足でやってきた〉
〈その作業は何のため?〉
〈こうすると バナナがよく育つんだ〉
〈剪定(せんてい)すると強くなる〉
〈何してるんだ?〉
〈国有地の岩をどかしてる〉
〈報酬は出るの?〉
〈いや ボランティアだ〉
〈こうして革命を支える〉
〈国の発展のためだ〉
〈仕事の後は 何をするんだ?〉
〈飲んで騒ぐのが好きだ〉
〈軽く歌うのもね〉
〈当然だろ〉
〈酒の小瓶を持ち歩いてる 命の水だよ〉
〈どうした?〉
〈ビールは?〉
〈ないよ〉
〈ラムしかない〉
〈本物だぞ〉
〈そうさ 飲み干せよ〉
〈外の世界から 客人がやってきた〉
〈こういう時は楽しむもの 分かってるさ〉
〈人生とはそんなもの お前が歌えとねだる〉
〈最高の気分で 言ってやるよ〉
〈そいつは多分 ヤラしい俺の道具だ〉
やあ
ボレゴ家の先に 革命政権の建てた学校が
やあ みんな!
〈機械的に覚えず―〉
〈仕組みをしっかりと 理解してほしい〉
〈先生 すみません〉
何の授業ですか?
遺伝学です
生物ですね
生物学
分子生物学です
みんな 分かるのか?
分かるよ
分子生物学が? 本当に?
君は何になりたい?
医者か 家族にいるといいよね
君は?
〈技術者〉
こちらの君は?
心理学者か
終わり?
邪魔ですか?
いえいえ
みんな 楽しかったよ 授業に戻ってくれ
話せてよかった
革命政権は 数千の集合住宅も建設
革命前より増えてる?
〈はるかにね〉
〈住宅難を解消し 労働者の 職住接近を実現する〉
さらに医療費が例外なく無料
〈検査費は?〉
〈全くかからない〉
〈お礼を言うだけ〉
それだけでいい
こうした社会保障費は ソ連からの援助と
サトウキビの出来高に かかっている
〈なぜ サトウキビ刈りの仕事を?〉
〈勉強する機会が なかった〉
〈お子さんも?〉
〈いや 学校に行ってる 7人全員〉
〈学校は?〉
〈みんな 行ってる〉
〈将来は何に?〉
〈僕は獣医になりたい〉
〈君は?〉
〈先生〉
君は?
〈看護師〉
1975年の時点では 革命は順調そうで
国営の店は品物が豊富
〈通りはどう変わった?〉
〈今年は…〉
〈立派になった いい店がたくさんある〉
〈例えば?〉
〈毛皮の店とか〉
〈ピザの店〉
〈面白い店がいろいろ〉
〈それは?〉
〈サラダに使う マヨネーズよ〉
〈それと初の党大会の 祝杯用のシードル〉
革命から16年後の この年に―
フィデルは 第1回共産党大会を開催
慌てて撮った彼の演説は 20時間に及んだ
〈同志諸君の 近年の努力に―〉
〈感謝したい〉
〈中央委員会の 名において―〉
〈我々は諸君全員に 抱擁を贈る〉
〈祖国か 死か〉
〈我々は勝つ!〉
〈フィデルは好き?〉
〈好き?〉
〈当然よ 我らが 偉大な指導者で首相よ〉
〈革命以来 私たちは 彼に導かれてきたの〉
「グッドモーニング・ アメリカ」
1976年10月1日 金曜日
本日のゲストは ジョン・アルパート
クルーが一緒です
機材を積んだ この乳母車がきっかけで―
カストロの独占取材が 実現したそうで
そうです
機材が重いので これで運んでいたのを―
フィデルが見ていたのです
珍しかったのでしょう
彼は好奇心から―
米国人の取材に 2年ぶりに応じた
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