The first 200 lines.
ギリシャ アテネ
2022年7月15日
家族で集まれることに 感謝します
恩恵に感謝します
これからも我々を導き 守ってくれると―
信じています アーメン
父さんは僕らが子供の頃 無一文だった
でも豊かな人だった
家族がいたから 豊かだったんだ
今の僕らを 誇りに思ってるかな
もちろん そのはずよ 今頃 笑ってる
父さんはあのイスに 座ってるさ
俺たちのそばにね
僕が歩んできた 人生の中で―
家族は最も神聖で特別だ
いつも心の中にいる
NBA史上最高の選手の 一人だと言われるけど―
僕はそうは思わない
生き残るために 必死に努力してるだけ
なぜなら怖いからだ
すべてを失うのがね
ヤニス・アデトクンボだ
NBA選手になる
僕は過激すぎる?
MVPを取る
でも これが僕だ
それは変わらない
色々見て育った
何にも惑わされない
これぞ “グリーク・フリーク”だ
カメラに挨拶して
父を喜ばせたかった
君には与えるものがある
アデトクンボ! アデトクンボ!
ウソだろ
スポーツに失敗はない
成功への道だけだ
ヤニス・アデトクンボ ~栄光への旅路~
2022年9月 FIBA ヨーロッパ選手権
あのイケメンは誰かな?
“ギリシャ 頑張れ!”
2022年の ヨーロッパ選手権では―
アデトクンボ兄弟4人全員が 初めて代表に選出された
ニコス・パパドヤニス スポーツコラムニスト
アデトクンボ兄弟4人全員が 初めて代表に選出された
国を代表して 大会に出場できる
ヤニス・アデトクンボ
しかも兄弟と一緒だ 最高の気分だった
孫にも伝えたい偉業だ
同じチームでプレーする アデトクンボ兄弟を―
見られるのは夢のようだ ハリス・スタヴロウ Sport24 記者
彼らは言葉ではなく 心で意思疎通している
〈わりなき仲〉
ギリシャのことわざで 親密な関係って意味だ コスタス・アデトクンボ ヤニスの弟
家族との関係性が 親密だということ
まるでパンツとお尻みたいに くっついてる状態だ
ギリシャでよく聞く言葉だよ
兄はいつも僕を守ってくれる
僕も同じように 弟2人の面倒をみる
それが父の教育方針だった
子供たちが 国の代表に選ばれた
私は居住権すら ない国のね
信じられない
ベロニカ・ アデトクンボ ヤニスの母
最高だわ
あのユニフォームを 着られるのは
とても光栄だ
タダで手に入るものはない
欲しければ努力する
子供の頃から変わらない
第一章
〈よそ者〉
見知らぬ人 他人 外国人
ナイジェリアの デルタ州で暮らしてた
私はイボ族で 夫はヨルバ族
国外へ行くと 決めたのは夫よ
80~90年代の ナイジェリアの情勢は―
チマ・J・コリエ博士 ローワン大学 アフリカ史教授
とても厳しかった
原油の流出により 水が汚染され―
安全な飲み水も 手に入らなかった
ばい煙による呼吸器の病気が 多数報告されています
平均寿命は40歳で 国内平均を10年下回りました
人々は海外でチャンスを 探すしかなかった
ヨーロッパが その絶好の場所だったんだ
私たちも―
豊かな大地を求めた
より良い人生のために 国を出たの
とても難しい 決断だったわ
子供を一緒に 連れて行けないからよ
息子は母に預けた
彼を残していくのは―
つらかったわ
長男のフランシスは ナイジェリアに残った
両親の旅は 幼い子供には厳しすぎたんだ
ギリシャに着いて 新生活を始めようとした
父親は子供に良い教育を 受けさせたいと願う
チャールズ・ アデトクンボ ヤニスの父
子供たちには 良い生活をさせたい
そう思ったんだ
だから故郷を離れた
より良い生活のために ギリシャへ渡ったが―
タナシス・アデトクンボ ヤニスの兄
頼れる人もいないし お金もない
稼ぐために働く必要があった
あらゆるリスクを―
両親は背負ってた
言葉も分からない国で―
肌の色も違う
しかも息子を一人 残して来てる
両親は多くの犠牲を払った
長男をギリシャへ 連れて来られなかった
26年後に やっと再会できたんだ
タナシスから下は ギリシャで生まれた
タナシスはヤニスの 2歳年上で―
ヤニスは僕の3歳年上
僕はアレックスの 4歳年上だ
ギリシャで生まれても 市民権は得られない
当時は家族全員が―
不法滞在だった
ギリシャでの移民の扱いは 悲惨だった
アレックス・アデトクンボ ヤニスの弟
常に よそ者だった
アレックス・アデトクンボ ヤニスの弟
おびえながら暮らしてたよ
ギリシャは白人社会だ
21世紀までは 移民は少なかったんだ
だが2000年頃から―
突然 移民が 増え始めるようになった
ニコス・パパドヤニス スポーツコラムニスト
当時ギリシャは破産していた
政府は経済状況を 隠ぺいし非難されました
債務額は4200億ドルと 言われています
人々は責任転嫁をし始めた
貧困や就職難は 誰かのせいだと
白羽の矢が立ったのが 肌の色が違う人々だった
肌の色だけが 問題だとは思わない
出身地の違いや
考え方の違い
宗教の違いもある
「黄金の夜明け」という 政党を装った集団がいた
彼らは移民を狙って 暴力行為をしていた
ヤニスもその対象だった
平日はバスがなくても―
歩いてでも家に 帰らないといけなかった
弟たちはまだ小さかった
“2分で家に着けるかな?” と言って―
走らせた
“すごいな 3分で着いたぞ”
タナシスとヤニスは ごまかしてたんだ
ただのゲームだと思わせてた
ゲームだと思ってたけど―
実際は安全のために 僕らを走らせてたんだ
“今回は3分半だ”と 弟たちは楽しんでたよ
だけど僕は死ぬほど怖かった
突然誰かが現れて 襲ってくるかも
ある駅の近くに―
「黄金の夜明け」の 本部があった
僕らの最寄り駅の 2駅先だった
黄金の夜明け本部から 1キロ
彼らは よく駅で 待ち伏せしてたんだ
有色人種を電車から 引きずり出して―
肉体的にも精神的にも 攻撃していた
有色人種の乗客は 電車の中で―
見つからないように かがんでた
ヤニスはよく 父親の役割をしてた
“あれを見ろ”と指さして
“悪い事をしていないのに 恐れてる”と言ったんだ
弟たちを守りたかった
昔の話をするのは つらいよ
僕はいつも...
弟たちを守ろうと―
必死だった
彼らは小さかったし―
まだ純粋だった
自分を嫌う人たちを 恐れて―
身を隠すなんて
移民に居場所はなかった
神に祈ったわ
“どうかご加護を”とね
なんとか生き延びる方法を 見つける必要があった
物を売って生計を立てた
CDや時計やサングラスなど
売れる物は何でもね
ビーチに行って サングラスや―
バッグやタオルを売った
両親が共働きだったから―
俺たちも一緒について回った
4歳の頃からやってたよ
家族の助けになるなら 何でもやった
利益のために 売ってた訳じゃない
食べるためだった
その日の食料を 買うお金のためだ
家族全員で 生き延びるのに必死だった
“働かざる者食うべからず”
ただの ことわざだけど―
僕らにとっては習慣だった
人生そのものだ
両親が食事してたか 分からない
見たことがないんだ
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