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水には力が宿ってる
そうなの
大西洋から アフリカのある東を見ると
特別な力を 感じることができる
アフリカ系アメリカ人を つなぐルーツよ
この水は私たちを支え
ここに導いた
命を与えた水
前回の旅では
ジェシカ博士と僕は ベナンを探索
黒目豆や
オクラやスイカを手に入れた
ルーツの食材だ
歴史の要となる 食材と味を探求してきた
おいしい
ここにあるのは 奴隷解放前の料理だ
アメリカで
黒人料理の起原を 追求してきた
米だ
一番重要な食材だ
アメリカへ来て奴隷となり
そして解放された
1863年1月1日に 奴隷解放宣言が発布
黒人が法的に自由になった
僕たちは新しい旅に出た
まず訪れたのは
ニューオーリンズ
レシピの最後の言葉は——
レシピの最後の言葉は—— 〝豚足のメアリー〞
“ホットソース”
僕はS(スティーヴン)・サターフィールド
シェフで料理記者
10年以上ソムリエをした
乾杯
料理の物語を探求している
これが公民権運動を支えたの
奴隷解放から現在へ
J博士と僕は旅を続けた
まだ知られていない
黒人料理の物語を求めて
乾杯
アメリカを変えた料理
ハイ・オン・ザ・ホッグ
アフリカからアメリカへ: 米国料理のルーツを辿(たど)る
味の旅路
ルイジアナ
ニューオーリンズ
ニューオーリンズの海は
人々 言葉 食材を運んだ
新天地で融合され
新たな食文化が生まれた
“クレオール”だ
ルイジアナの文化は
黒人に由来していると 言えるだろう
粉砂糖だよ!
ニューオーリンズに
J博士とやって来た
彼女は長年 食文化の研究をしている
ジェシカ・B・ハリス博士 1985年9月23日 料理本を出版
ジェシカ・B・ハリス博士 1985年9月23日
ジェシカ・B・ハリス博士 1985年9月23日 「ホット・スタッフ」 これは?
「ホット・スタッフ」 これは?
西アフリカ セネガルのチキン料理
料理人類学者ですね
説明して
その土地の 食べ物だけではなく
文化的側面にも興味を持つ
そして伝統的な料理を学ぶの
ニューオーリンズの探索に
彼女程の適任者はいない
最高の場所なの
ここは奴隷解放後そして その前からも
フランスとスペインの 支配下にあった
何千人もの 有色人種が住んでいた
“クレオール”と 呼ばれる人たち
彼ら独自の文化を 創り出したわ
新聞や音楽のサロンなどね
政治にも 参加するようになった
オスカー・J・ダン ルイジアナ州知事 1868年~1871年
オスカー・J・ダン ルイジアナ州知事 1868年~1871年 南北戦争の復興期には
P・B・S・ピンチバック ルイジアナ州知事 1872年~1873年
P・B・S・ピンチバック ルイジアナ州知事 1872年~1873年 約2000人もの黒人が 政府の役職に就いた
約2000人もの黒人が 政府の役職に就いた
ルイジアナ憲法制定会議 1863年 約2000人もの黒人が 政府の役職に就いた
約2000人もの黒人が 政府の役職に就いた
黒人が富を築き始めた時よ
代々受け継がれる富となった
女性の活躍も目立ってきたわ
西アフリカの ライスフリッターを売ったの
注文を取り 料理して販売した
〝おいしい ライスフリッター〞とね
様々な文化が 融合したんだね
フランスやスペイン
アフリカの影響も
異なる文化が融合し 独自に発展した
ニューオーリンズの 歴史的背景が
料理に反映されている
J博士と私はセネガル系 シェフの営む——
レストラン “ダカーノラ”を訪ねた
西アフリカと ルイジアナの
セリン ・ムバイエ シェフ〝ダカーノラ〞 西アフリカと ルイジアナの
西アフリカと ルイジアナの
つながりを感じる
食事を共にするのは8代目 クレオールのミシェル・P
〝ナンガ・デフ〞のあとに 〝マンギフィ〞と言って
〝元気?〞 〝ナンガ・デフ〞のあとに 〝マンギフィ〞と言って
〝ナンガ・デフ〞のあとに 〝マンギフィ〞と言って
〝元気だ〞 〝ナンガ・デフ〞のあとに 〝マンギフィ〞と言って
簡単な挨拶だ
“ナンガ・デフ”
〝マンギフィ〞
気持ちを込めて
〝マンギフィ〞
クレオールの言葉に
ミシェル・パピリオン クレオール クレオールの言葉に
ミシェル・パピリオン クレオール
ミシェル・パピリオン クレオール 似ている
元の意味は “ここにいる”
いい言葉だ
ごゆっくり
ありがとう
シェフ
なぜニューオーリンズかと 聞かれ——
“魂が喜ぶから”と答えるわ
ここは北半球でも
主要な食の都市の1つよ
ニューオーリンズの 歴史的背景は複雑で
人々はそれを 肌で感じているようだ
ルイジアナ州全土で見られる
そうね
ミシェルは 南ルイジアナの出身?
ええ 田舎よ
湿地帯で “バイユー”と呼んでいる
土地を開拓して家を建てた
家の裏は森よ
森を歩くとバイユー(湿地帯)に出る
そうか
私たちは マルグリットの家系で
家族を作り上げた祖先よ
1700年代に奴隷で
雇い主から 自由を約束されたの
彼はG・ギロリー
彼の死後 解放されるはずが
彼の家族が反対した
それで彼女は裁判所へ逃れ
起訴して勝った
そして彼女は家族で 南ルイジアナへ行き
森の中で生活をした
それ以来 私たちは森に住んでいるの
マルグリットに乾杯
彼女に乾杯だ
マルグリットを祝して
クレオールは君の アイデンティティだ
クレオールであることを
意識している?
ずっとクレオールだと 思ってる
クレオールの意味は
アフリカとフランスそして 先住民の融合
1つであることを意味する
この融合した歴史は
クレオールの伝統
“クレオール”という言葉は
スペイン語に由来している
“生まれる”という意味よ
新世界で生まれた アフリカの子供たちを
指している言葉なの
それがクレオール
クレオールの特徴は
私たちが食べる食文化にある
自分たちで 育てたものを食べる
主食は米で オクラをたくさん食べる
黒目豆も農場で作ったもの
アフリカ大陸が起源の食材
祖先が持ってきた
これは何?
〝スーポウカンジャ〞
スーポウカンジャ オクラのシチュー 〝スーポウカンジャ〞
スーポウカンジャ オクラのシチュー
スーポウカンジャ オクラのシチュー オクラの スープという意味
ニューオーリンズで有名な ガンボの起源だ
どうぞ 召し上がれ
頂くわ
どうも
ライスも
どうも
とてもおいしいよ
西アフリカから
ルイジアナへの旅で とても驚いたことがある
フランス人の影響だ
これらの料理は フランス料理からも
影響を受けているのでは?
セネガルが様々な形で
ニューオーリンズの料理に 影響を与えた
セネガルだけではなく
西アフリカ中の影響がある
でも知られていない
フランスの植民地だったから
ガンボの起源は
ブイヤベースだと 思われてる
でも違う ニューオーリンズの料理では
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